普段の、子どもたちの家庭学習は、私はノートやドリルや筆記用具などは準備するけど、本人たちが勉強している時は一緒にいてやれない。
朝、これは今日の分、とか、コレやったら次コレやって、とか、わかるように出しておく。
そういうところまで準備はできても、
子どもが家に帰ってくると、家で迎えるのは夫で、私は外で仕事。
私が帰ったあとに、勉強の進捗状況を見ようと思っても、正直そこまでエネルギーが残っていなかったり、
家庭学習の必要のない、もっと小さい人とコミュニケーション取りたい、とかで、ほとんど見れない。
つまり、私の中では、勉強はやらせっぱなしという感覚。
マズイな〜、と思っている。
本当は、ついていてやりたい。
算数だって、数字の書き方とか、この数字は書くのが遅いとか、
コレ足すコレをやる時だけ遅いとか、文章題を間違えるクセとか、
どこをどういうタイミングで間違えるのか、
もう、気づくところ、見るところ、絶対いっぱいあるやん?って思う。
彼らの頭の中がどう動いていて、何の処理が遅いのか、知りたい。
例えば、ひらがなだってスッゴイ汚いから、きっと私がついていたら、
ひと文字ふた文字書くたびに、もっと読みやすいように書こうと言いまくると思うし、
間違えて消す時、私が絶対消す。(ちなみに小3と小1で、まだ消すのがおっそい)
本当にたまに隣で見てやれるとき、彼らは鉛筆の持ち方がおかしいから、私は10秒に一回くらい
持ち方、なおそか〜
と言うんだけど、それ、毎日聴いてたら、もう直ってますよね。
でも私が見れるのは、解き終わって、夫がマル付けして、本人が間違い直ししたあとのプリントやノートだけ。
ときどき、少し家に立ち寄った時とか、ちょっと早めに帰った時とか
夫のやり方を目にする。
それが、苦しい。
いや、もう、ぜんぜん見てませんやん?
目の前で子どもが問題解いとるのに、そっちのけでスマホいじって何?
子どもの問題解く過程とか、状況見つつスマホ、だったらまだわかるけど、
がっつり自分のためにスマホやん?
しかも、間違い直しは、本人が正しい答えを見つけるように導くのじゃなくて、
ほぼ答え言うとる時も多いし、、、
やってる意味ないとは言わないけど、、、
そうじゃないのよ、私がやって欲しいのは、そうじゃないのよ!
と心の中でめっちゃでっかい声で叫ぶけど、
普段から見れない手前、たまたま目にした私から、ごちゃごちゃ言われるのも気分悪いやろうし、
本当に言ってしまったら、
じゃああなたがやりなさいよ、あなたが子供にやらせてと言うから、自分(夫)が見てるんでしょうが。
と返って来るのは必須。
苦しい。苦しい。
何が苦しいって、
そういうことをゆっくり話せない今の状況かな。
仕事と毎日の家事育児に追われて、余裕がないことかな。
彼は、家庭学習、要らないと思っているから、子どもにやらせてくれているだけでもありがたい、という状況ではある。
はー